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デザイン、アート etc...センスでご飯を食べてるblog

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まだ見ぬ芸術とともに死んではいけない。

前回のブログで「アートは好きか嫌いかで判断すれば良い」という記事を書きました。

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ブクマなどで反論、ご指摘、ご意見などを頂戴いたしました。改めてその意味と、当ブログの今後の方針などを少し書いてみたいと思います。

「アートを楽しむ」という行為に小難しいうんちくは不要

芸術とは視覚的情報を通して人の心に「何か」を訴えかけるという行為です。美しい絵、グロテスクな描写、写真と見間違うような精緻な絵など、手法やテーマは異なれど、「目に見える物体」から見る人に何かを訴えかけます。その「何か」は見る人それぞれの中にあって、正解なんてありません。作品が生まれた歴史や背景、美術史の中のポジションなどはあくまで補足的情報であり、作品自体の善し悪しには影響しないと思うのです。「好きか嫌いか」と表現したのはこうした意図がありました。

まずは自分の目で見て何かを感じる事のほうが先です。

知識が無くても楽しめるものでなければいけない

美術、アートというと「なんだか難しそう」というイメージを持たれる方が多くいらっしゃいます。これは上記のような「知識ありき」の考え方が原因です。しかし、もっと本能的に楽しむべきものです。市場における評価が高い作品だけが「良いもの」ではありません。それは相対的な評価にしか過ぎず個人の感性とは無関係です。

私はルノアールの絵を見ても「美しい」とは感じても「好き」ではありません。

なんだか相対的な評価にばかり流されて「見させられてる」気がしてきませんか。

素晴らしい芸術が今も生まれ続けているという事実

芸術家の中には、死後作品が評価されるケースがよく見られます。もちろん生前評価された作家も居ましたが、今では亡くなっています。新しい作品はもう生まれる事はありません。現在のアートの「ド真ん中」はこうした過去の人の作品がそのほとんどを占めます。※それを否定しているのではありません。これらの作品はこの先も色あせる事の無いマスターピースです。
しかし、今この瞬間も世界の各地で素晴らしい芸術が新たに誕生し続けています。

みなさんは、その作品が十分な評価が下されるまで待っているのでしょうか?非常に勿体ない。すなわちそれは「自分たちもまだ見ぬ芸術とともに死んで行く」という事になります。

ゴッホや写楽が生きた時代には、彼らの作品は残念ながら評価を受ける事ができませんでした。もし彼らと同じに生きていたら、実際に作品が生まれる瞬間に立ち会えたら、と考えるとワクワクします。そう考えると、評価を待っていては手遅れになりかねません。

有名無名問わず「好き」な作品を紹介していく。

最後になりますが、このブログで今後書いてみたいテーマがこちらです。現在進行形で作品を生み出しているアーティストの作品を紹介してみんなで共有したいと考えています。そしてブログへの作品の掲載許可をお願いしており、既に何名かのアーティストの先生方に承諾をいただきまして、執筆の目処が立ったので、ここでご報告させていただきました。

難しい話は以上です。

すげぇ!とか、ヤベェ!!とか言いながら、難しい話抜きで楽しめる
ぼくが「大好きな」アートをたくさん紹介できればと思います!

みなさんの好みで無かったらごめんなさいね。

 

『むずかしい説明は要らないアート』シリーズとして連載を開始いたします。

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